復活!!!
今日のおすすめ本。
2017年10月24日はこちらです。
『メキシコ・セット』
まだ猛烈に暑く、じっとりと湿ったシャツが体に貼りついた。それでも、
しだいに日が傾いて、埃っぽい道の上に長い影が落ち、酒場の入り口の目印の
電球が、青い空気の中に黄色くぼんやりともった。わたしは戸口で眠っている
大きな雑種の犬をまたぐと、小さな両開きのあおり戸を押しわけた。大きな
口ひげをはやした太った男が、カウンターのうしろにいた。高いスツールに
腰をかけ、眠っているかのように深くうなだれていた。両足は高々と
カウンターの上にのせられ、ブールの靴底がレジのひきだしを押えていた。
わたしが酒場にはいって行くと、男は目を上げて汚ないハンカチで顔をこすり、
にこりともせずにうなずいた。
店の中は思いのほかごたごたしていた。ひび割れたり虫に食われたりした枠に
はいった、セピア色の家族写真。スイスアルプスと、シカゴのダウンタウンを
うつした、パンアメリカン航空のひどく古いポスター。マチスモの二面性を示す
女の写真まであった。一枚は上品な水着姿のメキシコの映画スター、もう一枚は
アメリカのポルノ雑誌から破りとった好色な外国女の写真だ。一方の隅には
立派なジュークボックスがあったが、それはただの飾りだった。中には機械が
はいっていないのだ。
(中略)
わたしはビールを注文し、酒場のおやじのも一杯やるようにいった。おやじは、
冷蔵庫から瓶を二本とり出すと、片手に二本の瓶を持ち、もう一方の手にグラスを
ふたつ持って、一度に注いだ。わたしはビールを飲んだ。色が濃く強いビールで、
やけに冷えていた。「サルード・イ・ペセタス」とおやじはいった。
(本文より)
こちらは初版本で現在絶版となっております。
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