復活!!!
今日のおすすめ本。
2017年10月25日はこちらです。
『アムリタ』
吉本ばなな著 角川文庫刊
その日も私は泳ぎたいという気持ちを抱えて、居間に座っていた。
再放送のドラマはすでに頭に入っていなかった。ただ水音が、塩素の匂いが、
ロッカールームからの暗い通路が、懐かしい天国のイメージで夢のように
繰り返し頭に浮かんだ。
いらいらして、バイトを休んででも泳がないとすっきりしないような
気すらした。そんなの簡単だし、よくやることなんだけど、少し違う。
楽しさが伴わないこういう欲望は優先したくなかった。真の集中はもっと
フレキシブルなものなのだ。
そういうばかばかしい理屈をいくつも考えて時間を何とかつぶしていたら、
弟がやってきた。彼は今日も学校を休んで、家で寝ていた。階段をゆっくりと
おりてきて、音もなく台所に入ってきたのを背中に感じて、私はソファー越しに
振り向いた。
弟は最近服装もおかしい。
たとえば、シャツの色や、合わせる靴下とかそういう問題ではなく、
本人のトーンがアンバランスなのだ。
自信のある子のアンバランスは、それを勢いでねじ伏せてひとまわり
大きくなる気持ちのいい外見をとるが、弟はちがう。
自分では平静を演じているつもりなのだろうけれど、緊張や、不安や、
それに気づいてほしいという甘えが透けて見える。
身内であるということから、失望から、かすかな嫌悪を感じる。
反射的な嫌悪なので、どうしようもない。過敏な彼にはそれが伝わる。
だから寄ってこない。何となく気まずい。
このところそういう悪循環が続いていた。
(本文より)
角川文庫版は現在絶版となっております。
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お気にいりの一冊が見つかりますように。
今日も明日も明後日も。
ごきげんよくお過ごしください。