遊古疑考

復活!!!

今日のおすすめ本。

2017年10月7日はこちらです。


『小説日本芸譚』

松本清張著 新潮文庫


 織部は、その舟の中に居づくまっているであろう利休の姿を想像していた。

それが茶席に少し前屈みの格好で坐っている七十歳の師匠の姿になっている

ことに不思議はない。前歯が欠けているので、老人特有の下唇を突き出して

口を結び、落ち窪んだ眼窩の底に、相変わらず眼だけを光らせているに

違いなかった。織部が想っているのは、ついこの間までは勢威絶頂であったが、

今は失脚して死さえ待っているかも知れない故郷へ戻ってゆく人への尋常な

感慨では無かった。隣に黙って佇んでいる忠興のことは知らない。

矩と櫓の音とを知らせて遠ざかってゆく黒い船影を見送りながら、

織部の胸に来たものは、一種の開放感に似た安堵であった。

芸術の世界では誰でも持っている、師のどのような恩義でも裏切る

あの残忍な満足感であった。

(「古田織部」本文より)


 ひとは光悦が、書道、絵、茶道、陶芸、漆芸などの広汎な世界に、

いずれも一流の芸域を築いたことに肝を奪われて驚嘆いたしますが、私は、

これは光悦の野心からf出たことだと考えております。およそ一芸に長じた者が、

その心を他の芸へ伸ばすことは、素人の考えるほどむつかしいものでは

ございません。或る程度の才能があれば出来ることでございます。

ただ」普通の者は、己の本領の芸にだけ心魂を打ち込むだけにございます。

ところが強気の者は、そのほかの一つか二つかは自分の芸だけに縮まって、

とてもそんな勇気は出ないのですが、自信家は努力します。その心持が

一芸家と多芸家の岐れ道だと存じます。

 つまり、一芸の心が多芸に通じるということでございます。

(「光悦」本文より)


こちらは旧装版で現在絶版となっております。

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