砕かれた夜

復活!!!

今日のおすすめ本。

2017年10月8日はこちらです。


『ベルリン・レクイエム』

フィリップ・カー著 東江一紀訳 新潮文庫


チクロンB。有毒ガス!危険!湿気を避け、冷所に保存せよ。直射日光及び

火器に近づけないこと。開封・使用にあったては、最新の注意を払われたし。

カリヴェルケ(株)コリーン〟

 ドレクスラー家の扉の外に立つ男が、わたしの脳裏に浮かんだ。夜、遅い時間。

そわそわしながら煙草を二本、それぞれ半分だけ吸って捨てると、男はガスマスクを

装着し、ゴムひもを引っ張って、ぴったりしていることを確認する。次に結晶化した

青酸の缶をあけ、空気と接触してすでに溶け始めている粒を、持参した灰皿に入れて、

それをすばやく、扉の下からドレクスラー夫妻の住居の中にすべり込ませる。

就寝中の夫妻は、チクロンBガスをたっぷり吸い込み、意識を失う。強制収容所

はじめて人間に使用されたこのガスは、血中に酸素を取り込めなくする働きを

持っている。今の季節、夫妻が窓をあけている可能性はほとんどない。それでも、

殺人者は、室内に外の空気が入ったり、あるいは、建物内のほかの住人に害が

及んだりしないよう、扉の下に外套か毛布を置いたはずだ。このガスは、

二千分の一の濃度で人を殺すことができる。十五分か二十分後、粒が完全に

気化して、殺人の任務は静かに終了する。こうして理由はなんであるにせよ、

さらにふたりのユダヤ人が、六百万の死者の群れに加わった。男は外套を

取り上げ、マスクをはずし、空き缶を持って(灰皿を置いていくつもりは

なかったのかもしれないが、チクロンBを扱うときには手袋をしていたはずだから、

指紋が残る心配はない)、夜の闇の中へ歩き去る。

 拍手を送りたくなるほどの単純明快な手際だ。

(本文より)


こちらは旧装版で現在絶版となっております。

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