世界の真上で

今日のおすすめ本。

2016年7月29日はこちらです。


『優雅な獲物』

ポール・ボウルズ著 四方田犬彦訳 新潮社刊


 町は荒れ放題だった。貧しさが臭っていたが、人々はそれに馴れて生きていた。

ひと昔前からそれ以上のことが起きたというわけでもなかった。海の風のせいで

街角の塵埃が空高く舞い上がり、怒ったように町外れのほうに降り注いだ。

無花果の葉ですら白く覆われた。溝地の下方へ通じる脇道の角を曲がるときには、

熱砂が彼女の腓を刺した。彼女はタオルを頭に纏い、片手で押さえた。この町を

憎らしいとはこれまで思ったこともなかった。どこへ行こうが多かれ少なかれ

似たようなものだと、高を括っていたからである。

 表通りも路地とほとんどちがったところがなく、両脇が壁に囲まれている

だけだった。突然,彼女は地を打つ重い靴の響きを背後に聞いた。振り返りは

しなかった。すると手がきつく彼女の腕を摑み、荒々しく軀を壁に押しつけた。

兵士だった。笑っている。彼が両手を壁にむかって拡げたので、彼女は逃げようにも

逃げられなかった。

 マリカはなにもいわなかった。男は立ち止まって彼女をじっと見つめた。

まるで走ってきたかのように荒い息遣いをしている。やがて彼はいった。

お前、いくつだ。

 彼女は相手の顔を間近に見つめた。十五よ。

 酒とたばこと、それから汗の臭いがした。

(「学ぶべきこの地」本文より)


こちらは現在絶版となっております。

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貴方のお気にいりの一冊が見つかりますように。