木彫りの兎

今日のおすすめ本。

2016年8月3日はこちらです。


『庭の砂場』

山口瞳著 文藝春秋


 私は父に玩具の刀を買ってもらった。それは欲しくて欲しくて仕方のない

ものだった。それは、おそらく、胸が張りさけるような喜びであったと思われる。

私は、庭で刀を振り廻して暴れた。床に就いても刀のことが頭から離れなかった。

玩具の刀と言っても、剣戟の役者が舞台で使えるような立派なものだった。

父は兄にも同じものを買った。

 どこでどうなったかという記憶はない。たぶん、兄と二人で庭でチャンバラゴッコを

していたのだと思う。私は、刀で、兄の額に傷をつけてしまった。それだって、

はたして私がやったものかどうかわからない。証人は誰もいない。

 祖母が怒った。この家の跡取りの額に傷をつけたと叫んだ。たちまちにして

私の刀は祖母に取りあげられ、どこかわからないところへ棄てられてしまった。

宝物を取られた私は悲しかった。悲しくて泣き叫んだ。私の叫び声は、余計に

祖母の憎しみを買うことになったかもしれない。私は毎日毎日、毎晩毎晩、

泣き続けた。これは理不尽だと思った。私が大人の理不尽、この世には

自分の力ではどうにもならないことがあるのだと知った最初の事件である。

(「−に−を掛けると」本文より)


こちらは現在絶版となっております。

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日々のおすすめ本から、

貴方のお気にいりの一冊が見つかりますように。