今日のおすすめ本。
2016年2月8日はこちらです。
『戯れる死者』
「おい、ちょっと」とニックが言った。「ちょっと待てよ」
「今夜はすでにもう、自分の言い分を一回通したじゃないか」とジョニーが言った。
「ぼくはだまって聞いていた。こんどはおれの考えにしたがってくれ」
「とっくに意見が違っている」
「こうすれば分かるだろう」とジョニーは予測のつく言い方で言った。ジョニーの
拳固が顔のまえに上がってくるのをぼんやり目にする間もなく、ニックのあたまの
なかで爆弾のようなものが爆発した、意識不明にはならなかったが、一瞬意識を
失ったことは自分でもわかった。どれくらいの時間だっただろうか、外灯の光の
輪の周縁をじっと見つめたときには、車はふたたび走りだしていた。
ニックはいくらかよじれて座っていた。からだをのばそうとしたが、できなかった。
あたまが痛く、吐き気がした。鼻ばしらを直撃されたのだ。フラッシュを浴びた
ときのように目がくらんだが、いまは多少回復しつつあった。鼻が折れていないか
気になったが、ジョニーの一撃は高いところをとらえ、効果絶大だった。ニックは
鼻を触ってみようとしたが、右腕の自由がきかなかった。
(中略)
「きみのことを誤解していた」とニックが言った。「神経がいらだっているだけじゃ
ない。精神が異常なんだ」
こう言われてジョニーはニックの顔を見つめ、恐怖を感じるほどの長い間、
まったく路面を見なかった。ニックが速度計にちらりと目をやると、時速
九〇マイルに近づいていた。
「もしぼくがきみなら、運転中は気を散らさないよ」とニックは真剣に言った。
「だれかが怪我するかもしれないじゃないか」
ようやくジョニーは視線を道路に向けたが、もう少しで、第二車線でしきりに
前へ出たがっているミルク・トラックと接触しかねなかった。その目つきの異常さは、
ニックがこれまでにただ一度だけしか見たことのないもので、それは拘束衣を
着せられた男の目だった。
(中略)
その目は、どちらを向いても悪魔を見てしまう人間の目だ。
(本文より)
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