雨晴れて月は朦朧の夜

復活!!!

今日のおすすめ本。

2017年9月29日はこちらです。


『ベスト小説ランド1987 2』

日本文芸家協会編 角川書店


 最初にそれを見た時、ぼくは、伊沢良江が小さな人形か何かを、自分の左肩に

乗せているのかと思った。

 身長が二〇センチくらいの、小さな裸の女の人形だ。

 その人形が、おかっぱ頭の伊沢良江の左肩にきちんと正座して、両腕をしっかりと

伊沢良江の白く細い首に回し、しがみついているのである。しかも、その人形は、

伊沢良江の白い喉の横に、しっかり唇を押しあてているのだ。

 やけにリアルな人形だった。

 当時のぼくらといくらも変わらない年の女の子を裸にして、そのまんま小さく

したようであった。

 その人形はうっとりと眼を閉じていた。

(中略)

 誰ひとりとして、良江の左肩に乗っていたあの人形のことを知っている物は

いなかった。

 ぼくは、自分が、在りもしない幻想を見たのかと思った。

 しかし、皆が知らないと答えたことにより、だんだんとあれが死なのだと

ぼくは思うようになった。

 死をぼくは見たのだ。

夢枕獏作「ころぼっくりの鬼」本文より)


 このバーも、カウンターのなかに女ひとりきりだった。ぼくがはいって

いったとき、女は顔をあげたから、本を読んでいたのかもしれない。

客とバーの女のふたりきりで、そのふたりが本を読んでいる。

 そして、女はぼくを見て、芯のほうに灯がついたぼんぼりみたいに、

顔があかるくなった。

 「なにを飲む?」

 女はきいた。やはり知らない店か。新宿でぼくが飲む店は、愛想はなくても、

ぼくが飲むものなどはよく知っている。だから、ジンタンね、と店のひとは

わらう。ジンに炭酸でジンタン。

 でも知らない店だとすると、どうして、この女はぼくを見て、顔があかるく

なったのか。したしみのある和んだほほえみだ。

田中小実昌作「からみからみ」本文より)


こちらは初版本で現在絶版となっております。

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日々のおすすめ本から、

お気にいりの一冊が見つかりますように。

今日も明日も明後日も。

ごきげんよくお過ごしください。