女が見ていた

毎年この季節になると、書店の店先に京都特集の本が並びます。

バスも電車も観光客のみなさんで大にぎわい。

お目当てはやっぱり桜でしょうね。

咲き始めた花びらがどうか今日の雨で散りませんように。


今日のおすすめ本。

2015年3月29日はこちらです。


『真珠郎』

横溝正史著 角川文庫刊


 「とにかく、急いで漕ごう」

 だが、その言葉が終わらぬうちに、私たちの眼前にはおそろしいものが現れたのだ。

ふいに鵜藤氏のたまぎるような声が、折りからの地響きと、噴煙と、雷鳴をつんざいて

湖水のうえに流れて来た。その声にふと見ると、いつの間に現れたのか、展望台の

うえには、あの奇怪な美少年の姿が見えていた。しかも美少年は手にギラギラと光る

刃物をふりかざしているのだ。その刃物がさっと宙にひらめいたかと思うと、恐ろしい

悲鳴と共に、鵜藤氏の体がもんどり打って、展望台から屋根の上に転がり落ちた。

(中略)

 そのとたん、はげしい雷光が浅間をかすめて、瞬間パッと湖水を明かるくした。

私はその時、屋根の上に突っ立って、じっと見おろしている美少年の体が、返り血の

ためにグッショリと濡れているのを見たのである。それはもうどんな悪夢よりももっと

恐ろしい、腹の底が固くなるような惨虐な観物だった。私はジーンと体中の力が

抜けてゆくような恐怖というよりは恐怖を通り越した麻痺状態におちいってしまった。

(本文より)


こちらは初版本で現在絶版となっております。

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日々のおすすめ本から、

貴方のお気にいりの一冊が見つかりますように。