ぼく自身あるいは困難な存在

今日のおすすめ本。

2016年11月20日はこちらです。


『山師トマ』

ジャン・コクトー著 河盛好蔵訳 角川文庫刊


 世の中には何もかもをもちながら、それを人に信じさせることのできない

人たちがいる。どこか信用できかねるために、当人たちも臆病になり、態度も

怪しくなってしまうような、それほど貧しい金持や、それほど下品な貴族が

いるものだ。ある婦人たちの身につけられると、一層美しい真珠も贋ものになる。

それに反して他方では、贋の真珠も本物に見えるのである。同じように、

盲目的な信頼を人に吹きこみ、思いもよらぬ特権を享楽する男が存在する。

 人々は彼を信じていた。彼はなんの用心をしなければ、どんな筋書きも

書かなかった。嘘の星がまっすぐに彼を、目的へ導いていたのだ。それゆえ彼は、

世間の山師どもによくあるような、屈託した、追いつめられたような顔つきを

したことは決してなかった。泳ぎも、スケートもできないでいて、僕は滑り、

僕は泳ぐと、彼は言うことができるのだ。すると誰もが、氷の上や、水の中に、

彼の姿を見るように思うのであった。

(中略)

 ギヨムには、自分も試験してみたり、「どんなふうにここから抜け出よう」

とか、「俺はごま化しているぞ」とか、「自分は不仕合わせだ」とか、

「俺は凄腕だぞ」とか考えたりすることは滅多になかった。彼はぴったりと

自分の作り噺にとけこんで暮していた。

 彼が自分の役割を生かせば生かすほど、それに身を入れれば入れるほど、

いよいよ光彩と、人を納得させる公明さとが加わるのであった。

(中略)

 ギヨムは病院の中庭に足を踏み入れて以来、貪るように人生を学んでいた。

彼はこの中庭でエポックを作った。何人にも優って、自分の好運を喜ばない彼は、

日を経るごとにいよいよ富み、栄え、儲けていったのである。

 あらゆる人間は、その左肩には猿を、右の肩には鸚鵡を持っている。

ギヨムがそれに努めなくても、彼の鸚鵡が特権ある社会の言葉を受け売りし、

彼の猿がその身振りを真似ていた。したがって彼は、風変わりな人間のもつ、

一週間は人々に採用されるが、やがて投げ棄てられてしまうような危険を

犯すことがなかったのである。彼は社交界のなかに自身の地位を築き、

彼の名が箔をつけてくれて、日ごとにそこに大きくなって行くように思われた。

(本文より)


こちらは現在絶版となっております。

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