今日のおすすめ本。
2015年11月13日はこちらです。
『詐欺師の饗宴』
笠原卓著 創元推理文庫刊
(俺に似ている)
浪川はひそかにそう思った。
かつて、上州機工事件の直後に彼をかつぎ上げ、詐取された金を取り返そうと
騒いだ被害者たちは、その見込みがないと判ったとたん、背を丸めてひっそりと
仲間を抜けた。その後まだ浪川にまとわりついて、なしがしかの分け前を
狙っていた残党も、その当てがないと悟ると、執拗に詐欺師をおいつづける
浪川を蔑むようにして去っていった。
(あの連中は・・・)
誰も彼もが金だけが目当てだった。そのくせ気弱で、すぐ尻尾を巻いて
逃げてしまう負け犬ばかりだったような気がする。とかく負け犬は自分の
胸から抉りとられた肉の意味も、流した血の量も知らない。その痛みにさえ
目をつぶる。そうやって自分を欺く。彼らは、敗れた者の矜持すら持っていない。
しかし俺は違うと浪川は思っていた。
そんな自分に似た男をはじめて見つけた。
その男には、いつも傷ついた獣の匂いがした。ふだんは歳に似合わず温厚な、
老成した顔も見せるのに、暗闇では、彼がふっと野生に戻るような気配を浪川は
感じる。あの男の意図がどこにあるにしろ、それが金目当てのはずがなかった。
あの男を動かしているのは敗者の矜持であるに違いない。
(本文より)
こちらは初版本で現在絶版となっております。
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