下世話の作法

最近よく「品」について考えます。

「しな」ではなく、「ひん」。


先日ある映画の予告編を観る機会がありました。


今、日本で最も売れているであろうミステリ作家の、

ベストセラー小説の映画化作品です。


ある殺人事件が起こり、それを捜査する刑事。

被害者と容疑者それぞれに、

なにやら同情すべき事情がある様子・・・。


まあ、ここまではよしとしましょうか。

原作も未読の上、これから上映される作品なので、

映画の出来不出来については申し上げません。


問題はここから。


予告編の最後に出てくるコピーが、

「この『謎』に泣く」

だったのですよ。


もうね。

あきれるのを通り越して、 悲しくなりました。


仮にも予告編につけるコピーなわけです。

このコピーで観客がいっぱい入る、

という勝算があるのでしょう。


すなわち「泣ける」と喧伝すれば、

犬が尻尾を振るみたいに喜ぶ、

と考えているということ。


それがとても卑しく思えるのです。

品がないなあと。


じゃあ、お前はどうなんだと訊かれたら、

返す言葉もございません。


自分のことは棚の最上段に置きっぱなしであることは自覚の上で、

それでもなお。


やはり「謎」には驚かされたいのです。