引き潮

復活!!!

今日のおすすめ本。

2017年11月18日はこちらです。


ジーキル博士とハイド氏』

ティーブンソン著 田中西二郎訳 新潮文庫


 時刻は、かれこれ朝の九時ごろであったが、この季節に入っての最初の

霧が立ちこめていた。チョコレート色の霧が、まるで大きな棺覆いのように、

空いっぱいに垂れさがっていたが、風がたえずこの密集した湿気を、

吹き散らしていた。街から街へ、ごとごとと馬車にゆられて行きながら、

アタスンは、あたりの薄明りの色合いが、おどろくほど複雑に変化する

さまを見た。あるところは、夕暮の終りのように暗いかと思うと、

あるところは、不思議な大火事の明りと見まごうほどに、燃えるような、

物すごく濃い鳶色であった。またあるところでは、一瞬のあいだ、

霧がすっかり散ってしまって、渦まく雲のあいだから、わびしい日の光が

弱々しく射したりしていた。泥濘の道と、小汚い通行人と、

いつも消したことのない(あるいは、陰気な暗闇の押しよせて来るのを

防ぎとめるために、新しくともした)街灯の立ち並んだ陰惨な

ソーホーの街は、このように刻々に変化する光景のなかで眺めると、

弁護士の眼には、悪魔にあらわれるどこかの市街の一画のように思われた。

のみならず、かれの心に浮かぶ思いも、ひどく暗い影を帯びていた。

そして同乗の警官をちらっと見たとき、法律と役人に対する恐怖感を、

かれはふと感じた。こんな感じは、どんな潔白な人の心にも、

ときどき、おそって来るものである。

(本文より)


新潮文庫版は現在絶版となっております。

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