神話の薔薇

今日のおすすめ本。

2016年9月17日はこちらです。


『夢想の秘密』

J・G・キャベル著 杉山洋子訳 

世界幻想文学大系 第二十九巻 国書刊行会


フェリックス・ケナストンはその夜遅くまで書きものをしていたわけではない。

例によって取りとめもなく、この贅沢な部屋に坐っているこの冴えない男が

どうして実際にフェリックス・ケナストンでありえようか、などとおかしなことを

考えていたのだった。この広々と、しっとり光に充ちたアルクルード邸が

我が物とは嬉しいことだ。子供の頃から「リッチフィールドのヘンリー叔父」として

知られていた半ば神話的な人物とその一人息子が自動車事故で同時に死んで、

金銭上の苦労知らずの今の身分に納まるまでのやりくり算段の三十八年、

貧しくも気の滅入るばかりの住いで、何とかごまかしてのその日暮し、

その場凌ぎの貧乏生活をたっぷり味わった。今だにケナストンはこの思いがけぬ

巡り合わせが心底信じられなくて、自分の素敵な邸、中でも特に書斎にいると、

何か異国の領土に特別置いて貰っているような錯覚を起すのだった。

それにしても、魅惑的な展望で探検欲を唆る国ではあった。妻がのろけるような

弁護するような口調でいつも人に話しているように、ケナストンは暇さえあれば

いつだって「とても読書が好き」だった。

(本文より)



こちらは初版本で現在絶版となっております。

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