思い出すままに

今日のおすすめ本。

2015年10月13日はこちらです。


『金沢 酒宴』

吉田健一著 講談社文芸文庫


 金沢の町もその賑やかな所の裏通りは迷路になっていて遅くまで明るい店が

どこを見ても並んでいるのが地理を知らなければ自分がどこにいるのか見当も

付かなくさせる。内山にとって不思議だったのは普通はその迷路を縫って自分が

行きたい所から次に行きたい所に向かうのにその晩はどこへという考えもなしに

ただその辺を自分が歩いていることだった。そしてやはり腑に落ちないことながら

知らない店の前にどうかして立ち止るとそこへ入って行った。それが入って見ると

知っている店であることもあって時はそこはそこは金沢だった。

(中略)

 そのうちに廻りの様子が変って古い小さな家が並んでいる所になった。それが

金沢の西か東かというようなことはもう内山にも解らなくてもその沈んだ感じは

前から内山が金沢で見付けてこの町と思っていたものだった。どうしてそこの

家の一軒に入れたかということも後で思い出そうとして内山には解らなかった。

併しそこも廊下を幾つか曲り、階段を登って障子を前にして床の間を背にいつか

机に向って坐っていた。その時も内山がそれまでと同じ位に酔っていたかどうか

ということも判断が難しい。例えば長距離競走の選手は駆けている途中で一度は

駆け出す前の平常の呼吸を取り戻すものでそれを活用することが一つの技術に

なっている。これは酒を飲んでいる時も同じことで無暗に飲みさえしなければ

飲んでいる最中に、それも殊にそれが長く続いていればどこかで正気と呼んでいい

状態に戻ることがある。その状態に内山はあるようだった。少なくとも内山は

そう思って酒を頼んだ。

(「金沢」本文より)


金沢。

しばらくごぶさたしております。

またあげはにいきたいなあ。



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