猫キャンパス荒神

突発的に始めた文学賞受賞女流作家特集も第四弾。

いよいよ佳境にはいってまいりました。


今日のおすすめ本。

2015年1月19日はこちらです。


『なにもしてない』

笙野頼子著 講談社文庫刊


 文章に私と書けばそれは私と書いた板だったり、一人芝居の人間が自分の鼻を

指していう言葉だったり、或いは人間のヌイグルミを被ったゴジラの告白の主語だったり、

私、という名を与えられた一匹の金魚だったり、時には私というビニールパイプ製の

漢字一文字を首に見立てて、アンドロイドの体にすげたものだったりする。

その私をどうして一通りに論じ、場所を全部読み手自身の家に設定して

しまったりするのだろう。ミカン喰わせたら皮だけ喰ってまずいキンカンだと言い、

キンカン喰わせれば皮を剥いて捨て苦い実だという。あるいはこれみよがしの

クサイ包丁さばきで食物を飛び散らせて、鈍刀振り回しているような評論にもあう。

面識もない、しかも別に分析医でもない評論家が作品を読みとばした挙句に心の病の

診断を勝手に下してくれたり(遠縁の医者に言わせると私はまったく正常だそうだ)、

まったく、どうなっているんだろう・・・・・・無論そのぼやきも湿疹の前には

何か変なものと化してそこを漂っただけの事だ。

 私は人権を売った覚えはなく、文章という幻想を売りに行っていた。だれが

働きながらけなげに小説なんか書くか。喰えないなら止めてやる。いつの間に十年も

経ってしまったのだろう。吐かないはずの言葉が湿疹と一緒にぶくぶく出てきて、

体の外へ、自分と関係のない正しい理性の世界へと流れ去った。すると不思議と

暗さも消えて行った。

(本文より)


こちらは初版本で現在絶版となっております。

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日々のおすすめ本から、

貴方のお気にいりの一冊が見つかりますように。