長嶋茂雄殺人事件

今日のおすすめ本。

2014年12月17日はこちらです。


長嶋茂雄殺人事件』

つかこうへい著 角川文庫刊


 「暑いですね。ちょっとあのカーテンをあけましょう。来る時は直球、相手は

サウスポーですよ」

 長島は目を見すえたまま、窓に近づくとカーテンを開けた。

 長島は伸び上がるようにして窓の外を見た。夕陽がいままさにビルの谷間に

吸い込まれようとしていた。

 「ど、どうしたんだね、長島君」

 一力はあっけにとられてその様子を見ていた。

 「あっちからボールが来るんですよ。速いなあ、これは打てるかな」

 長島は窓の外をにらみ、スタンスの位置を決め、大きく構えた。尻をつき出し、

バットを揺らせるそのフォームは絶好調のフォームだ。額のはえぎわにこまかい

汗がうかび、キラキラと光る。

 「あの投手、いいファイトしてますよ。まっこうから勝負してくる気ですよ。

近頃こういう気迫のこもったタマを投げてくる投手がいなくってね、江川にも

西本にも見習ってほしいな。デビューの時を思い出すなあ。金田さんは僕を

殺してやろうとタマを投げてましたからね。それと同じです。投手なんて

バッターを殺す気で投げなけりゃ魂の入ったボールは投げられませんよ。

バッターだって、四の五の考えずにきたタマを想いっきりひっぱたきゃ

いいんです。こりゃ打ちがいがありますよ」

 そこまで言って、長島は口を真一文字に結んだ。こめかみに血管がプッと

ふくれた。

 五体の筋肉がみるみる盛り上がり、ワイシャツのボタンがちぎれ飛び、

腕のところがビリビリと避けていく。

 神崎の刑事としての勘が、しきりに危険信号を送っていた。

 なにかが起こる。

(本文より)


こちらは初版本で現在絶版となっております。

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