憂愁の女神

今日のおすすめ本。

2014年12月15日はこちらです。

『ディーバ』

デラコルタ著 飯島宏訳 新潮文庫


 ジュールはあふれそうになる涙をかろうじてこらえた。ディーバが優しく

微笑んで、彼のプログラムにサインしてくれた。ぼうっとして突っ立ている

ジュールを、ほかのファンが押しのけた。と、ドレスが彼の目にとまった。

すぐそばだ。無意識に、ドレスの袖をつかんで、そっとたくり寄せた。

革ジャンパーの下に丸め込むと、最後にディーバをちらっと見て部屋を出た。

 ほかの連中にまじって、彼は守衛を横目に、出演者用の出入り口から

外に出た。小躍りしたいような気分でバイクのところに引き返した。

ジャンパーの下にドレスを感じながら、ジュールはうれしさをかみしめて

夜の大通りにバイクを飛ばした。耳ばかりか体中に音楽が流れていた。

 どなるような声で歌曲の断片を闇にまき散らしながら二十区に戻った。

そこのアパートに住んでいるのだ。彼の部屋は広々として、外環状道路に

面している。

 ジュールはリヒャルト・シュトラウスの“四つの最後の歌”のレコードを

プレイヤーに乗せ、ボリュームを調節してから、ジャンパーを部屋の隅に投げ、

床に置いたマットレスに体を横たえた。そして、ディーバのドレスを抱きしめ、

そこから漂うかぐわしい香りを胸いっぱいに吸い込んだ。ああ、何たる狂おしさ!

(本文より)


こちらは初版本で現在絶版となっております。

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