肝心の子供

今日のおすすめ本。

2015年11月7日はこちらです。


『終の住処』

磯崎憲一郎著 新潮社刊


 いつもならばバスに乗る、駅からの長い道を、彼はひとりで歩いていた。

途中、葱畑だろうか。赤味がかった茶色のやわらかな土が鍬で一回一回

ていねいに掘り起こされたことが分かる広がりの、その向こうには、

朽ちかけた納屋があり、脇に一本の古い柿の木があった。晴れた秋の

午後だった。枝には大きな、鮮やかな朱色に熟れた柿の実が五十や百では

きかぬほどたくさん生って、それに群がるカラスたちにはそれぞれに

そしらぬ方向を向きながら無言のまま互いを牽制しあっていた。

真っ黒い鳥たちもなぜだか不吉な感じはしなかった、青空の背景のなか、 

不思議に静かな、絵画のような印象を与えていた。しかし角を曲がると

彼の育った家が、あの愛してやまない家がいきなり視界に飛び込んできた。

彼が数歩あるくあいだにも家は入道雲のように大きく高く空へ伸びて、

手前に圧し掛かってくるようだった。

(中略)

澄んだ秋の夕焼けを浴びて、枯れて色の抜けた庭の芝生は、いままさに

金色に輝き始めようとしていた。陽だまりで昼寝をしていた犬も何かの

気配に気づいたのか、すばやく四本足で立ち上がり、しかし吠えることもなく

ただ日没を見つめていた。犬の影が金色の芝生に長く伸びた。芝生の下には、

子供の彼が寝転んで遊んだ三十年前と同じ小石や砂、割れた食器の破片などが

いまでも埋まっているかもしれなかったが、家族がこの家に越してくる前の、

じっさいには経験しているはずのない記憶までがこうしてよみがえってくる

この空間の不思議だけは、彼などには一生かかっても解明できないような気が

していた。じっさいそれで何ら問題などなかった。彼が生きていくということは

おそらく、生み出される実在しない記憶をそのまま受け入れることに

他ならなかったのだ。

(本文より)


単行本版は現在絶版となっております。

信販売もさせていただきますので、

お気軽にお問い合わせください。

69fabulous@gmail.com


日々のおすすめ本から、

貴方のお気にいりの一冊が見つかりますように。




The Birthday NEW ALBUM『BLOOD AND LOVE CIRCUS』。


『モア・ビート』と並べて販売しております。



オリジナル特典ポスターも若干枚数残っておりますので、

まだお持ちでない方はお早めにご検討ください。



Fabulousの開店5周年を記念いたしまして、

RUDE GALLERYとのコラボレーションアイテムを販売しております。


RUDE GALLERY DAILY EQUIPMENT × Fabulous ブックカバー


RUDE GALLERY × Fabulous トートバッグ


詳細はこちらをご覧ください。

http://d.hatena.ne.jp/fabulous69/20150731