ミラーマンの時間

今日のおすすめ本。

2014年7月15日はこちらです。


『緑魔の町』

筒井康隆著 角川文庫刊


 「ああ。うまそうな、においだなあ!」

 武夫の声に、母と茂夫がふりかえった。

 母は、笑いかけもせず、いつものように、やさしく、お帰りとも

いってくれなかった。じっと武夫を見つめ、やがて、叫ぶように

いったのである。

 「あなたはだれ?どこの子?」

 もちろん、武夫はじょうだんをいっているのだと思った。だから、

笑いながら、たたみの上に、どしんとすわっていた。

 「いやだなあ。へんなじょうだん、やめてよ。いやあ、それより、

今日はひどい目にあっちゃってね・・・・・・」

 そこまでしゃべって、武夫ははじめて、母と弟のようすが、いつもと

ちがい、だいぶおかしいことに気がついた。(中略)

 『すぐ、出ていきなさい!なんですか!よその家に、そんな、きたない

なりで、かってに、あがりこんできて!ずうずうしいわね!」

 茂夫も立ちあがり、大声でわめきはじめた。

 「出ていけ!一一〇番に電話して、おまわりさんを呼ぶぞ!」

 母も、茂夫も、どちらも、じょうだんでいっているとは、思えなかった。

 本気なのだ。

 どうしたことだ!どうしたことだ!

 武夫は、あまりのことに、考える力さえ、失ってしまった。ただ、

ぼんやりと、頭を左右にゆすっているだけだった。

 ぼくを、知らないんだって・・・・・・。

 ぼくを、知らないんだって・・・・・・。

(本文より)


こちらは角川文庫版で、現在絶版となっております。

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貴方のお気にいりの一冊が見つかりますように。