今日のおすすめ本。
2016年10月30日はこちらです。
『屑屋の娘』
誰の悩みごとも忘れさせるような、よく晴れた日だった。秋の太陽が公園の
緑の土手をあたたかく包み、つややかな草の葉のあいだで蟻や虫がいそがしく
動きまわっている。菱形の屑籠のむこうで、こぼれたポークパイのくずを小鳥が
ついばんでいる。デッサンにでもありそうな風景だ。鳩が二羽食事にくわわった。
ツグミにくらべれば、ずいぶん大きい。しかし、弱いものいじめをしはしない。
鳩もツグミも、大きさの違いなど意識していないらしい。おんなじように、
ひとつパイのかけらを取り合っている。
かれはタバコに火を点けた。若い男が、黒いレインコートを着た女を
連れて歩いている。女はブロンドに染めた髪をうしろに長く垂らしている。
つんつんした調子でまくし立てていた。「あいつをこんど見つけたら、思いきり
引っぱたいてやる。ほんとにやってやるから」あんまり物すごい剣幕なので
フレッドは、誰のことか知らないか気の毒になった。おれを例外として、世の中の
連中は憎悪を食いものにしているらしい。だが、人生はいつもこんなふうだと
いうわけではない。不運と幸運があるんだ。遊園地のブランコみたいに、
左右にゆれるんだ。おれたちの不運がふつうの人より多いということは、
腹立たしいがほんとうだ。あんまり不運ばかりで、思いだす気にもならない。
おまけに、いつぞやの幸運というやつが、ほとんど有難迷惑に終りやがった。
一年ばかし前の、サッカー・シーズンが始まったばかりのことだ。
(「魔法の箱」本文より)
こちらは現在絶版となっております。
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